1列に並んで歩く親鴨と小鴨の動画を見かけた事はありますか? 微笑ましい動画、ですよね。 警察が車から護ったりして、右から左へ、そして水辺へ、と歩いていきます。 少年団もこれに似たものがあると感じました。 親鴨が、監督。 小鴨が、子供達。 警察が、コーチ、そして、親。 水辺が、勝利。 こう考えると... 続きをみる
haru-MIUのブログの新着ブログ記事
-
-
-
-
弟の方が少年団に残り、3年目。 弟、3年生。 チームの活動の仕方に疑問に思っていたし、子供も在籍していたから、保護者会飲み会に参加した。 もちろん、まだ、コーチとして参加している父親も一緒に、である。 私は話す事が苦手だったため、あまりチームの親とは話をしなかったから、チームの子供の誰の親なのか、... 続きをみる
-
ここらへんで一度 監督とはどんな立場なのか、 考えてみる。 コーチは、監督のサポート的立場をする。 小さい子の基礎練に付き添って繰り返し教えたり、 監督が居ない時にチームをまとめたり、する人。 監督は、総括する立場だ。 試合のメンバーを決めたり、作戦や、Aチームを勝てるチームに導く人。そして、全体... 続きをみる
-
お兄ちゃんが6年生になって。 少年団では最後の試合になる年になった。 その頃、とってもバスケが上手い子が入った。 うちの子より一つ下の子だった。 頭も良く、兄が高校全国大会経験しているという事だった。 監督は直ぐに気に入ったらしく、 6年生4人に、その子を入れた5人がメインで使われていた。 うちの... 続きをみる
-
お兄ちゃんは、5年生にもなると、 身の回りの準備がある程度出来るようになった。 1年前はバスケットシューズ 忘れたりしたこともあって、 怒られた事もあるからだ。 私もあまり手を掛けてあげられなかった。 とにかく、私も早起きが苦手なところに、 チームのための準備たくさんあった。 そして、わたしの次の... 続きをみる
-
上の子が5年生。 下の子が1年生。 その頃になると、私も参加さぜるをえない。 試合の時のスコアの書き方、 ファウルの種類を覚えなければいけなかった。 子供達の為にドリンクを作り、タオルを準備し、 小さい子供達の面倒もみていた。 1年生で落ち着きが無かった子は、うちの子も含め、3人くらいだった。 バ... 続きをみる
-
山形の霞城公園にて。 散歩に最適でした。 暖かくて。 お堀を1周して、帰ってきました。 コロナ禍の中、役員の方と、警備の方がたっていて、とても静かなお花見でした。 歩く順路が一方通行になっていて、歩きやすかったです。 桜を堪能してきました。 これからも、桜が見られるような、 平和が続きますように、、
-
上の子が六年生になって。 身長も思いどうりに伸びず、うちの子はベンチを温めることが多かった。 ただ、これで最後だからと、試合には出してもらえた。 この時、保育園児だった下の子が、小学1年にあがる。 『弟さんもバスケするんだよね〜、』 『お父さんがコーチしてるんだから』 良く保護者の方から言われた... 続きをみる
-
-
1年からバスケのチームに入っていると、 卒業生が出る度に、 経験値ゼロ 人が少なかったため仕方なくやっていた と理由がうすれていく。 人が多くなり、 高学年、4年から6年まででAチーム、 低学年、1年から3年まででBチーム、 と組めるくらいの人数になり、 練習もそれなりにチームとして成り立って... 続きをみる
-
小学四年生。 それまでは、ボールを追いかけて、ドリブルして、ゴールを決めるまでの繰り返し。 基礎の基礎。 遊びのような、スポーツのような。 楽しくやっていた。 2つの少年団の子供達が、一緒になる。 Sスポーツ少年団、と仮に呼ぶことにする。 コーチ不在。監督不在。 居なかったので、親が面倒を見る... 続きをみる
-
先に、バスケの話を書いた。 私が6年前に夢中になった理由がある。 子供がバスケットボール少年団にいたからだ。 上の子が、小学校一年から、六年までの、六年間。 下の子が、小学校一年から、三年までの、三年間。 合わせて九年もいた。 そう思うと、長いな。 きっかけは、小学校の先輩が勧誘してくれた事。 ... 続きをみる
-
-
カレンダーを眺めて、 3月を振り返ってみた。 3月1日に、2番目の息子が、高校卒業した。 空手部活動目的だったけれど、コロナ禍で全て中止。 1番先輩として、力の出しどころだったのに。 インターハイに出る、とまではいかなくてもいいけど、何となく、後輩には威厳を示す機会が欲しかったな。 本人は、恥描か... 続きをみる
-
-