haru-MIUのブログ

毎日の些細な呟きです。

バスケットボール少年団の体験談 1幕

先に、バスケの話を書いた。


私が6年前に夢中になった理由がある。


子供がバスケットボール少年団にいたからだ。

上の子が、小学校一年から、六年までの、六年間。

下の子が、小学校一年から、三年までの、三年間。

合わせて九年もいた。 

そう思うと、長いな。


きっかけは、小学校の先輩が勧誘してくれた事。

そして、父の『やるか?』の質問に、上の子が一言。

『やる!』

子供の表情は、きっと楽しい!と、

笑顔で期待した顔つきだった。


そして、男子バスケットボール少年団に入る事になる。


入ってから解った事なのだが、先輩が一生懸命1年生までも勧誘してたのは、男子の人が居なかったからだった。

5人では、試合もできない。

3対2 とか、基本練習だけとか、コーチとの1体1とか。

女子は10人くらい?いて、一緒に混ざって練習。

コーチも若かった。

平日も練習があったのだが、平日は仕事だと言われ、不在が多かった。

コーチも、他にいないかと、探している状態だった。


そうなると、次に矢面に立つのは親である。

子供の為に!と。


近くの小学校のバスケ少年団の子供達との合同練習の話が立ち上がる。

お互い、男子部員が少なく、合意に落ち着いた。

それから、お互いの学校を行き来しながら、男子部員だけでの練習ができた。

試合も、合同で一緒に行ったような、、、

この辺の記憶は曖昧だが、、


うちの子が、四年生になった頃、

親の意見で、合同から、統一にしないか?という話がでるが、元のバスケ少年団創設者からの、潰したくないという反対意見も出て、揉めた。

結果、残る子と、合同した少年団側に行く子と、

別れることとなる。


うちの子は、合同した少年団側に入った。


今思えば、後悔しか、ない。


ただ、糧には、なったが。


2幕につづく。

バスケットボール

今、NBAで、

八村塁選手がDUNK❗

                      DUNK❗

凄くかっこいい。

一昔前では考えられないニュースが流れている。


山形にも、8年前にパスラボ山形ヴァイバンズ 

というバスケットボールチームができた。

6年前、声が枯れる程、応援していた。

ファンクラブに入って、毎回のように行って、

チケットを確認するお兄さんとも、顔見知りになるくらい、行っていた。

その頃は、チームも勝ち続け、楽しかったし、

嬉しかったからだ。


今は、テレビやTwitterで拝見している。

ライコビッチ監督の元、とてもいい状態だ。

勝ちの回数も増えている。

現在は、コロナ感染のニュースが流れていて、

試合は休止している。

ゆっくり、しっかり治して、

また、元気に試合が出来るように、、、

祈る、、、、

3月も終わりに近いですね、、

カレンダーを眺めて、

3月を振り返ってみた。


3月1日に、2番目の息子が、高校卒業した。

空手部活動目的だったけれど、コロナ禍で全て中止。

1番先輩として、力の出しどころだったのに。

インターハイに出る、とまではいかなくてもいいけど、何となく、後輩には威厳を示す機会が欲しかったな。

本人は、恥描かなくて良かった、なんて言っていたw


3年続けたことに、意義がある。

卒業をした事に、意義がある。

と思おう。


高校入学の頃は、

空手道部に推薦されて入学してるんだから、喧嘩は御法度だよ、と本人に耳にタコができるほど注意していた為、

私は、そんなに心配はしていなかったが、

早速、学校から電話が来た事を覚えている。

『〇月〇日〇時学校まできてもらえますか?』

しようがない。行くか、、

この話は、先生達が見ていただろうクラスの子供達にきちんと聞き取り調査をしてくれていて、全て丸く収めてくれていた。

学校側は、相手が先に手を出した事を認めてくれていて、

うちは注意だけにとどまった。

相手は学校側から謹慎を言われていたらしい。

部活動も、退部になったそうで、

野球部に入ったばかりだったらしい。

もったいない。

( うちの子はフルコンタクト空手5年やってるから、そうそう怪我しないのに。

一見、弱々しく見えるのが難点なんだけど。 )

なんて勝手に思ったのだが、本人は何も話して無いようだったので、黙っていた。


学校に行ったら、相手の両親と、本人が待っていた。

本人は、うちの子より一回りくらい大柄で、野球部にいたよ、ってことも納得できた。

彼は、ちょっと落ち着き無さそうにソワソワしていた。

父親は付き合って来た感じがあった。

母親は、ずっと下を向いていた。

うちは、私と子供と、2人で

向かいあって座った。

相手から、謝罪の言葉があった。

私は話があった時から、

( 男の子ならそういう事もあるだろうし、どっか怪我した訳じゃないし、この子の雰囲気もきっと相手がイラッとしたとこもあるんだろうな )

と思ってたので、怒りは感じなかったのだが、

父親の悪びれない様子はムカッときた。

けれども、この先、2度と合わないだろうからと口をつぐんだ。

あとは、本人達さえ、上手くやってくれれば、、

と相手と本人が握手をしたのを見終得た後、

さっさと帰ってきた。


そんなことを卒業式の時に思い出して、

今はどうなの?と聞いてみた。

『めっちゃ仲いいよ!!』


良かった、良かった。